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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)102号 判決

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

同代表者代表取締役

北岡隆

同訴訟代理人弁理士

竹中岺生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

飯塚直樹

玉城信一

井上元廣

関口博

主文

特許庁が平成3年審判第14388号事件について平成6年3月7日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年2月25日、名称を「多気筒形回転圧縮機」(後に「2気筒形回転圧縮機」と補正)とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和60年実用新案登録願第25744号)をしたが、平成3年6月4日拒絶査定を受けたので、同年7月25日審判を請求した。

特許庁は、上記請求を平成3年審判第14388号事件として審理した結果、平成6年3月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同年4月4日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

密閉ケース内に収容され、仕切板を介して並設される2個のシリンダと、駆動軸の偏心部に駆動され、上記シリンダ内を転動するローリングピストンとを備えた2気筒形回転圧縮機において、上記2個のシリンダのうち上記駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダのみを十分な外径を有するものとしこれを上記密閉ケースの内周部に固着し、上記電動機に遠いシリンダは上記密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持されることを特徴とする2気筒形回転圧縮機。(別紙図面1参照)

三  審決の理由の要点

1  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

2(1)  実開昭58-134695号公報(昭和58年9月10日出願公開。以下「引用例1」という。)には、ハウジング1内に収容され、仕切板9’を介して並設される2個のシリンダ3、4と、クランク軸2のピン部10、11に駆動され、上記シリンダ3、4内を転動するロータ5’、6’とを備えた2気筒形回転圧縮機において、上記2個のシリンダ3、4の双方(上記クランク軸2を駆動する電動機12に近いシリンダ3及び電動機12に遠いシリンダ4の双方)を十分な外径を有するものとしてこれを上記ハウジング1の内周部に固着する2気筒形回転圧縮機が記載されている。(別紙図面2参照)

(2)  実開昭52-109207号公報(昭和52年8月19日出願公開。以下「引用例2」という。)には、密閉容器1(本願考案の「密閉ケース」に相当)内に収容され、仕切板を介して並設される2個のシリンダ9、14と、クランクシャフト5(本願考案の「駆動軸」に相当)の偏心部6、7に駆動され、上記シリンダ9、14内を転動するローリングピストンとを備えた2気筒形回転圧縮機において、上記2個のシリンダ9、14のうち上記クランクシャフト5を駆動する電動要素2(本願考案の「電動機」に相当)に近いシリンダ14の上部を閉塞し且つ上記クランクシャフト5を摺動自在に支持する上部軸受のみを十分な外径を有するものとしこれを上記密閉容器1の内周部に固着し、上記2個のシリンダ9、14の双方は上記密閉容器1との間に間隙を形成し自由支持される2気筒形回転圧縮機が記載されている。(別紙図面3参照)

3  そこで、本願考案と引用例1に記載された考案とを対比すると、引用例1に記載された考案の「ハウジング1」、「クランク軸2」、「ピン部10、11」、「ロータ5’、6’」は、それぞれ本願考案の「密閉ケース」、「駆動軸」、「偏心部」、「ローリングピストン」に相当するから、両者は、「密閉ケース内に収容され、仕切板を介して並設される2個のシリンダと、駆動軸の偏心部に駆動され、上記シリンダ内を転動するローリングピストンとを備えた2気筒形回転圧縮機において、上記2個のシリンダのうち上記駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダを十分な外径を有するものとしこれを上記密閉ケースの内周部に固着する2気筒形回転圧縮機。」の点で一致し、2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に遠いシリンダを、本願考案では、「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ようにはせず、代わりに、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにするのに対して、引用例1に記載された考案では、「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ようにする点で相違する。

4  上記相違点について検討する。

引用例2には、2気筒形回転圧縮機において、上部軸受のみを十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着するようにし、2個のシリンダの双方は、そのようにはせず、代わりに、密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持されるようにしたものが記載されている。これによれば、該引用例には、仕切板に加えられる上部シリンダ(駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダ)及び下部シリンダ(駆動軸を駆動する電動機に遠いシリンダ)のガス圧による交番荷重を支承するのに、シリンダを「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しない、との技術思想が開示されているものと認められる。

してみれば、このような公知の技術思想を引用例1に記載された考案に適用して、そこにおける仕切板に加えられる上部シリンダ及び下部シリンダのガス圧による交番荷重を支承するのに、2個のシリンダのうちいずれか一方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しないようにし、このため、該いずれか一方のシリンダを「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ようにはせず、代わりに、引用例2に記載された考案や本願考案におけるように「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにすることは、そのようにしても、2個のシリンダのうち残りの他方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」だけで十分に上記交番荷重を支承し得るというのであれば、当業者がきわめて容易に想到、実施し得るところにすぎないものと認められる。そして、そのようにしても、2個のシリンダのうち残りの他方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」だけで十分に上記交番荷重を支承し得ることは、当業者が技術常識に基づき容易に予測できることである(シリンダの軸方向厚さ、通常、仕切板の厚さに比べて十分に厚いから、これを「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ようにすれば、それだけで十分に上記交番荷重を支承し得る。また、必要であれば、該固着を、例えば、溶着箇所を増やす、ボルトを用いる、などの周知の方法により、更に強固にすることもできる。これらのことは、当業者が技術常識に基づき容易に予測できることである)。さらに、そのようにするに際し、2個のシリンダのうちいずれか一方を特に「電動機に遠いシリンダ」とする点も、駆動軸のたおれやたわみのおそれがないなど、電動機回転子と圧縮要素部との組立体の安定支持を考慮すれば、当然のことであり、また、引用例2に記載のものにおいても、「電動機に近いシリンダ」に接して配設される上部軸受を密閉ケースの内周部に固着するようにしているから、当業者にとって何ら困難なことではない。

以上によれば、上記相違点において、本願考案が、2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に遠いシリンダを特に「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ようにはせず、代わりに、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにした点は、引用例2に開示された上記のような技術思想を引用例1に記載された考案に適用することにより、当業者がきわめて容易になし得たものである。

なお、請求人(原告)は、上記相違点における本願考案の構成により、他にa.原価低減、b.上下シリンダの軸心のずれが発生するおそれがない、c.シリンダと密閉ケースが運転中ぶつかり騒音を発生するようなこともない、などの優れた効果を奏する旨主張するが、いずれも当然に奏される効果にすぎず、当業者が普通に予測し得るものであり、かつ、b、cの効果は、引用例2に記載のものにおいても奏される効果であるから、請求人の上記主張は採用できない。また、他に格別の効果が生じているものとも認められない。

5  したがって、本願考案は、引用例1及び引用例2に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2(1)、(2)は認める。同3のうち、引用例1記載の考案の「ハウジング1」、「クランク軸2」、「ピン部10、11」、「ロータ5’、6’」が、それぞれ本願考案の「密閉ケース」、「駆動軸」、「偏心部」、「ローリングピストン」に相当することは認めるが、その余は争う。同4のうち、引用例2には、2気筒形回転圧縮機において、上部軸受のみを十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着するようにし、2個のシリンダの双方は、そのようにはせず、代わりに、密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持させるようにしたものが記載されていることは認めるが、その余は争う。同5は争う。

審決は、本願考案と引用例1の考案との一致点及び相違点の認定、相違点の判断をいずれも誤り、かつ、本願考案の顕著な効果を看過して、本願考案の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由1)

引用例1の考案は、2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダとともに、電動機に遠いシリンダもまた十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着するものである。これに対し、本願考案は、2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダのみを十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着するものであって、電動機に近いシリンダと電動機に遠いシリンダとの支持形態を異なるものにした点に特徴が存するのである。

本願考案の上記特徴を前提とすると、2個のシリンダについて格別に対比することは相当といえず、本願考案と引用例1の考案とは、「密閉ケース内に収容され、仕切板を介して並設される2個のシリンダと、駆動軸の偏心部に駆動され、上記シリンダ内を転動するローリングピストンとを備えた2気筒形回転圧縮機」である点で一致するにすぎない。

したがって、一致点の認定は誤りである。

また、上記のとおり、引用例1の考案は、2個のシリンダのうち、駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダと同様に、電動機に遠いシリンダも十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着するようにするものであるのに対し、本願考案はシリンダの支持形態につき上記の特徴を有するのであるから、相違点の認定も誤りである。

2  相違点の判断の誤り(取消事由2)

(1) 審決は、引用例2には、仕切板に加えられる上部シリンダ(駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダ)及び下部シリンダ(駆動軸を駆動する電動機に遠いシリンダ)のガス圧による交番荷重を支承するのに、シリンダを「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しない、との技術思想が開示されていると認定している。

しかし、引用例2には、上部シリンダ及び下部シリンダの2個のシリンダがともに自由支持されていることが記載されているにすぎない。

審決は、上部軸受と2個のシリンダとを同列に扱い、上部軸受が密閉ケースの内周部に固着されることをもって本願考案の進歩性否定の論拠とするものであるが、上部軸受を密閉ケースの内周部に固着することと、シリンダを密閉ケースの内周部に固着することとは全く異なる技術問題に属するから、上部軸受と2個のシリンダとを同列に扱うのは不当である。

(2) 審決は、引用例2に開示されている技術思想を引用例1に記載された考案に適用して、仕切板に加えられる上部シリンダ及び下部シリンダのガス圧による交番荷重を支承するのに、2個のシリンダのうちいずれか一方のシリンダを「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ようにはせず、代わりに、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにすることは、そのようにしても、2個のシリンダのうち残りの他方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」だけで十分に交番荷重を支承し得るというのであれば、当業者がきわめて容易に想到、実施し得るところであるとしている。

しかし、引用例2は、2個のシリンダが自由支持されることを単に示すにすぎないものであって、2個のシリンダの支持形態を互いに異ならせることについて何ら示唆を与えるものではないから、これを引用例1の考案に適用しても、本願考案がきわめて容易に想到し得るものとは到底考えられない。

また、上部軸受が密閉ケースの内周部に固着されているからといって、電動機に近いシリンダのみを密閉ケースの内周部に固着させるという考え方が導き出されるわけではない。

(3) 審決は、2個のシリンダのうち残りの他方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」だけで十分に交番荷重を支承し得ることは、当業者が技術常識に基づき容易に予測できることであるとしている。

しかし、2個のシリンダの一方のみに荷重を支承させるという考え方がそもそも存在しないのであるから、2個のシリンダの一方を密閉ケースの内周部に固着させることを予測できるはずがない。

(4) 蕃決は、2個のシリンダのうちいずれか一方を特に「電動機に遠いシリンダ」とする点につき、当業者にとって困難なことではないとしているが、適切な根拠に基づくものではない。

(5) 以上のとおりであって、相違点についての審決の判断は誤りである。

3  顕著な効果の看過(取消事由3)

本願考案は、電動機に近いシリンダに荷重を支承させることにより、駆動軸のたおれ、たわみの影響が小さく、電動要素の回転子と固定子との適正ギャップの形成がより容易になり、ギャップ不正時の電磁音の発生、性能の低下を除去できるという優れた効果を奏するものである。

審決は、本願考案の上記顕著な効果を看過した。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

二  反論

1  取消事由1について

一般に、多気筒回転圧縮機において、密閉ケースに対する圧縮要素の固定は、その多くは圧縮要素を構成する主要部材であるシリンダ、軸受、仕切板のうちの1部材で行われるとともに、さらに、シリンダ及び軸受のように同じ部材が複数個ある場合には、その一部を1単位としても行われている。

してみれば、本願考案や引用例1の考案のような2気筒形回転圧縮機において、密閉ケースに対する圧縮要素の固定に関しては、複数個あるシリンダや軸受部材のうち、複数個のシリンダの全部、あるいは複数個の軸受の全部を必ず1単位として捕らえなければならないとする必然性はなく、たとえばシリンダについていえば、上部シリンダ、下部シリンダをそれぞれ1単位として捕らえ、それぞれのシリンダについて密閉ケースへの固定の有無をみることができる。

したがって、本願考案と引用例1の考案との対比において、圧縮要素の固定の形態を一観点として抽出し、その点を一致点及び相違点として特定するような場合には、上下2つのシリンダをそれぞれ別々にみて捕らえる特定の仕方ができることは明らかであって、審決の一致点及び相違点の認定に誤りはない。

2  取消事由2について

引用例2には、2つの軸受のうち、上部軸受のみで圧縮要素を密閉容器の内周部に固着し、また、シリンダを密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持されるようにする技術思想が記載されている。

ところで、回転形圧縮機の技術分野においては、圧縮要素を密閉ケース内周部に固着するに際し、シリンダで固着する技術及び軸受で固着する技術とも、それぞれ周知の技術である。してみれば、圧縮要素の密閉ケースに対する固着という観点からみれば、軸受で固着する技術とシリンダで固着する技術との間には大きな技術的関連性が存在するのであり、両技術は、代替可能な技術的関係にある。また、一般にシリンダの軸方向厚さが軸受の厚さに比べて十分に厚いことは、技術常識であり(例えば、引用例2の図面参照)、それにより十分に強度が得られ、一方のシリンダで圧縮要素を固着することが可能であることは容易に想起し得ることである。そして、これらのことを踏まえれば、軸受ではあるが、2つの軸受のうちの一方、すなわち、上部軸受のみで圧縮要素を密閉ケースに固着することは、引用例2に示されているとおりであるから、引用例1における、2個あるシリンダのうちの一方のみで圧縮要素を固着することに何ら困難性はなく、また、同時に、シリンダを密閉ケースとの間に間隙を形成して自由支持することも引用例2に示されているので、他方のシリンダを自由支持することにも何ら困難性はない。

そして、2個のシリンダのうちいずれか一方を特に「電動機に遠いシリンダ」とすることは、駆動軸のたおれやたわみのおそれがないなど、電動機回転子と圧縮要素部との組立体の安定支持を考慮すれば当然のことであり、また、引用例2にも、軸受ではあるが、下部軸受ではなく上部軸受で支持する技術が開示されているから、当業者にとって上記構成とすることは何ら困難なことではない。

したがって、相違点についての審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3について

軸のたおれやたわみが小さくなるように、加工、組立ての誤差の影響を考慮して、固着位置等を適宜選定することは、当業者が設計において通常行うべき常套手段であるから、原告主張の本願考案の効果は、上記常套手段を踏まえて、電動機に近いシリンダを密閉容器に固着することによって必然的に生ずるものであり、当業者が普通に予測し得るものである。

したがって、本願考案の効果についての審決の判断に誤りはない。

第四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の要旨)及び三(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

二  本願考案の概要

甲第4号証(本願考案の実用新案登録願書)、第5号証(平成3年4月11日付け手続補正書)、第7号証(平成5年10月28日付け手続補正書)、第8号証(平成6年1月13日付け手続補正書)(これらを併せて「本願明細書」という。)によれば、本願明細書には、「この考案は2気筒形回転圧縮機、とくに並列されるシリンダの密閉容器内への固定に関するものである。」(甲第4号証添付明細書1頁14行ないし16行、甲第5号証の6項(2))、「(従来例を示す別紙図面1の第2図のものは)上部シリンダ(4)からの圧縮ガスのガス圧と下部シリンダ(5)からの圧縮ガスのガス圧が交互に仕切板(3)に加えられるので仕切板(3)の厚さが薄いと仕切板(3)が振動し、密閉ケース(1)の内周部から仕切板(3)が離脱する恐れがあり、従来のものはこれを防ぐために仕切板(3)の厚さを厚くしていたが、原価高となるとともに装置が大形化するという問題点があった。この考案は、以上のような問題点を解決するためになされたもので、安価で小形化された2気筒形回転圧縮機を提供することを目的とするものである。」(甲第4号証添付明細書3頁14行ないし4頁5行、甲第5号証の6項(2)。別紙図面1の第2図参照)、「仕切板に加えられる上部および下部シリンダのガス圧による交番荷重は、十分な外径を有する上部シリンダと密閉ケースの内周部間の固着力によって支承される。」(甲第4号証添付明細書4頁10行ないし13行、甲第7号証の6項(3)、甲第8号証の7項(5))、「この考案は・・・2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダを密閉ケースの内周部に固着するようにしたので、仕切板の上方および下方から加えられるシリンダ内のガス圧による交番荷重は、十分な外径を有し密閉ケースの内周部に固着されるシリンダによって吸収され、従来のものに比し仕切板の厚さを薄くすることができるので、2気筒形回転圧縮機の原価低減と小形化をはかることができるという効果がある。なお、2シリンダを共に密閉容器に固着するものに比べ、上下シリンダの軸心のずれが発生するおそれがないという効果をも有している。」(甲第4号証添付明細書5頁12行ないし19行、甲第5号証の6項(2)、甲第7号証の6項(4)、甲第8号証の7項(7))と記載されていることが認められる。

三  取消事由の検討

1  取消事由1について

(1)  引用例1には、ハウジング1内に収容され、仕切板9’を介して並設される2個のシリンダ3、4と、クランク軸2のピン部10、11に駆動され、上記シリンダ3、4内を転動するロータ5’、6’とを備えた2気筒形回転圧縮機において、上記2個のシリンダ3、4の双方(上記クランク軸2を駆動する電動機12に近いシリンダ3及び電動機12に遠いシリンダ4の双方)を十分な外径を有するものとしてこれを上記ハウジング1の内周部に固着する2気筒形回転圧縮機が記載されていること、及び、引用例1に記載された考案の「ハウジング1」、「クランク軸2」、「ピン部10、11」、「ロータ5’、6’」が、それぞれ本願考案の「密閉ケース」、「駆動軸」、「偏心部」、「ローリングピストン」に相当することは、当事者間に争いがない。

しかして、本願考案と引用例1の考案を対比すると、両者が、「密閉ケース内に収容され、仕切板を介して並設される2個のシリンダと、駆動軸の偏心部に駆動され、上記シリンダ内を転動するローリングピストンとを備えた2気筒形回転圧縮機」である点で一致することは明らかである。そして、両者における2個のシリンダについて各別に対比すると、審決が認定するとおり、両者は、「2個のシリンダのうち上記駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダを十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」という構成においては共通しており、他方、2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に遠いシリンダを、本願考案では、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにしているのに対して、引用例1の考案では、「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ようにしている点で相違しているということができる。

(2)  原告は、本願考案には、電動機に近いシリンダと電動機に遠いシリンダとの支持形態が異なるという特徴があることを理由として、一致点及び相違点の認定の誤りを主張する。

本願考案は、実用新案登録請求の範囲に記載のとおり、「2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダのみを十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着し、電動機に遠いシリンダは密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持されること」を特徴とするものであり、その意味では、上記構成を一体的に捕らえ、引用例1の考案についても、「2個のシリンダの双方を十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ものと一体的に捕らえて、この点を相違点として摘示する方が妥当であるとも考えられるが、両者における2個のシリンダについて各別に対比することが誤りであるとまでは認め難く、また、本願考案の上記特徴は、審決の相違点の判断において、実質的に取り上げられているから、原告の上記主張は採用できない。

(3)  以上のとおりであって、審決の一致点及び相違点の認定に誤りはなく、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

(1)  引用例2には、審決摘示の構成からなる2気筒形回転圧縮機、すなわち、2気筒形回転圧縮機において、上部軸受のみを密閉ケースの内周部に固着するようにし、2個のシリンダの双方は、そのようにはせず、代わりに、密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持されるようにしたものが記載されていることは、当事者間に争いがない。

(2)  ところで、審決は、相違点の判断をするについて、まず、引用例2には、仕切板に加えられる上部シリンダと下部シリンダのガス圧による交番荷重を支承するのに、シリンダを「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しないという技術思想が開示されているものと認定したうえ、この技術思想を引用例1の考案に適用して、ガス圧による交番荷重を支承するのに、2個のシリンダのうちいずれか一方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しないようにし、代わりに、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにすることは、そのようにしても、2個のシリンダのうち残りの他方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」だけで十分に上記交番荷重を支承し得るというのであれば、当業者がきわめて容易に想到、実施し得るところであるとし、上記構成だけで十分に上記交番荷重を支承し得ることは、当業者が技術常識に基づき予測できることである旨説示している。

そこで、上記説示の当否について検討するに、引用例1の考案は、駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダも、電動機に遠いシリンダもともに、「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ものであり、一方、引用例2の考案における2個のシリンダはともに、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ものであって、ガス圧による交番荷重を支承するのに、シリンダを「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しないというものであり、両引用例はいずれも、ガス圧による交番荷重を支承するのに、2個のシリンダのうちいずれか一方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しないようにし、代わりに、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにすることを教示ないし示唆するものではない。

そうとすると、審決がその立論の前提とする、上記交番荷重を支承するのに、2個のシリンダのうちいずれか一方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しないようにし、代わりに、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにすることが、両引用例から容易に想起されるものとは考えられない。

したがって、上記事項を前提とする審決の説示は失当といわざるを得ない。

(3)  上記の点に関して、被告は、回転形圧縮機の技術分野においては、圧縮要素を密閉ケース内周部に固着するに際し、シリンダで固着する技術及び軸受で固着する技術とも周知の技術であり、圧縮要素の密閉ケースに対する固着という観点からみれば、軸受で固着する技術とシリンダで固着する技術との間には大きな技術的関連性が存在し、両技術は代替可能な技術的関係にあること、一般にシリンダの軸方向厚さが軸受の厚さに比べて十分に厚いことは技術常識であり、それにより十分に強度が得られ、一方のシリンダで圧縮要素を固着することが可能であることは容易に想起し得ることであること、上部軸受のみで圧縮要素を密閉ケースに固着することが引用例2に示されていることを理由として、引用例1における、2個のシリンダのうちの一方のみで圧縮要素を固着することに何の困難性はなく、また、同時に、シリンダを密閉ケースとの間に間隙を形成して自由支持することも引用例2に示されているので、他方のシリンダを自由支持することにも何ら困難性はない旨主張する。

上記主張は、審決の前記説示内容と必ずしも一致するものではないが、この点は措き、上記主張の当否について検討する。

引用例1のものはシリンダを密閉ケースの内周部に固着するものであり、引用例2のものは上部軸受のみを密閉ケースの内周部に固着するものであることは、前記のとおりであり、引用例2のものにおいては上部軸受のみで圧縮要素を密閉ケースに固着しているものと認められる。そして、乙第1号証(特公昭50-283号公報)には、コンプレッサにおいて、シリンダを密閉ケースの内周部に固着しているものと、軸受を密閉ケースの内周部に固着しているものが記載されていること、乙第2号証(特開昭58-128492号公報)には、複数シリンダロータリ式圧縮機において、シリンダを密閉ケースの内周部に固着しているものが記載されていることが認められる。

ところで、本願考案は、「2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダのみを十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着し、電動機に遠いシリンダは密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持されること」を特徴とするものであるが、これは、「上下シリンダ(5)、(15)を共に密閉ケース(1)に固着すると、それの溶接による力、歪等により上下シリンダの軸心のずれが発生し、性能や信頼性の面で悪影響を及ぼすおそれがあるので、一方のシリンダのみを密閉ケース(1)に固着するようにしている。」(甲第4号証添付明細書第5頁8行ないし10行、甲第5号証の6項(4)、甲第8号証の7項(3))ものであり、前記二項に認定のとおり、「2シリンダを共に密閉容器に固着するものに比べ、上下シリンダの軸心のずれが発生するおそれがない」という効果を有している。

本願考案における「2個のシリンダのうち駆動軸を駆動する電動機に近いシリンダのみを十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着し、電動機に遠いシリンダは密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」という構成は、上記のような技術的意義を有するものであるところ、引用例1及び2はいずれも、ガス圧による交番荷重を支承するのに、2個のシリンダのうちいずれか一方を「十分な外径を有するものとしこれを密閉ケースの内周部に固着する」ことによっては支承しないようにし、代わりに、「密閉ケースとの間に間隙を形成し自由支持される」ようにすることを教示ないし示唆するものではないこと、引用例2の考案は、「多気筒回転型圧縮機の吸入装置に関し、吸入管より分岐して各回転圧縮要素のシリンダー内に冷媒を吸入する吸入口を前記吸入管より離れる程大口径にして前記各回転圧縮要素に吸入される冷媒量を等しくして冷媒能力のバラツキをなくすことを目的」(甲第3号証の明細書1頁12行ないし17行)とするものであって、同考案における上部軸受のみで圧縮要素を密閉ケースに固着する技術が、上記のような技術的意義を有する本願考案の構成を採択するについて何らかの示唆を与えるものとは認め難いこと、一般にシリンダの軸方向厚さは軸受の厚さに比べて十分に厚いものであるとしても、そのことから当然に、一方のシリンダで圧縮要素を固着することが可能であることを容易に想起し得るものとは考えられないことからすると、圧縮機において、圧縮要素を密閉ケースに固着するに際し、シリンダで固着する技術、軸受で固着する技術がいずれも本願考案の出願前周知であり、引用例2には、上部軸受のみで圧縮要素を密閉ケースに固着し、シリンダを密閉ケースとの間に間隙を形成して自由支持するものが示されているからといって、引用例1における、2個のシリンダのうちの一方のみで圧縮要素を固着し、他方のシリンダを密閉ケースとの間に間隙を形成して自由支持することに何らの困難性がないものということはできない。

したがって、被告の上記主張は理由がない。

(4)  以上のとおりであって、相違点についての審決の判断は誤りであり、取消事由2は理由がある。

3  取消事由3について

前記二項に認定の「2シリンダを共に密閉容器に固着するものに比べ、上下シリンダの軸心のずれが発生するそれがない」という本願考案の効果は、本願考案において2個のシリンダの支持形態を異ならせたことによるものであると認められるところ、この構成に想到することがきわめて容易であるとは認め難い以上、上記効果も格別のものというべきであって、取消事由3は理由がある。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面 1

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別紙図面 2

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別紙図面 3

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